食中毒は、実は生命をうばう可能性も有する危険な病気。原因を理解し、食品に対して配慮をしていく必要があります。そこで今回は、北海道大学名誉教授の一色賢司氏に、食中毒の原因やご家庭での予防方法をお伺いします。さらに、食品工場などで行われている取り組みについても解説していただきます。
食中毒は、下痢や嘔吐だけでなく、生命をうばう可能性を有する危険な病気です。食中毒というと夏に多いイメージがありますが、実は1年を通じて発生するので、常に注意が必要です。被害をできるだけ防ぐために、食中毒についてよりいっそう知っていただければと思います。
まず、食中毒とは、細菌やウイルス、有害な物質などが含まれた食品を食べて健康被害を起こすことです。いわゆる栄養不良は除きます。一時期は、寄生虫と伝染病を除いていましたが、現在では、それらを食品が運んだことが明らかであれば、関連する問題も食中毒と見なしています。ヒスタミンなどの化学物質やキノコ毒による体調不良も食中毒として取り扱われています。しかしながら、食物アレルギーや不耐症、嚥下事故などは、食中毒としては取り扱われません。食事成分に起因する健康への悪影響を食性病害と呼んでいます。食中毒を含めて、食性病害全体の発生予防を、心がける必要があります。
また、海外では清潔な飲み水を得られない国も多く、食品由来と水由来の疾病を分別できないため、国際的には両方をまとめて食中毒、あるいは食水系疾病として取り扱われる場合もあります。わが国では上・下水道管理が行き届き、飲み水は非常にきれいですので、食品由来と水由来の問題を分けて考えることができます。

食中毒の発症に関しては、3つの条件があります。 まずは、食べる人間側の状態です。健康状態が、いつも良いとは限りません。体調が悪い時などに食中毒菌を口にした場合には発症する可能性は高くなります。次は、環境です。たとえば、温度や湿度の高さ、食品でいえば、良い環境で衛生的に取り扱われたかどうかなどの状態をさします。

そして最後は、病原体などの原因物質そのものです。もちろん、病原体がいる場所や性質なども重要ですが、中でも深刻なのは、病原体が環境に適応したり、進化したりしていることです。
ノロウイルスが良い例でしょう。ノロウイルスは、生牡蠣などの二枚貝を食べると感染する可能性が高いといわれていました。現在では、ノロウイルスが変化し、感染力が強くなり、食品を食べなくても保菌者から他の方へ直接移行する場合もあります。2017年1~2月にかけて和歌山県や東京都の学校等で起きたノロウイルス食中毒は、刻みノリが媒介していました。ノリの加工を行った作業者からノロウイルスがノリに移行し、乾燥状態にも耐え、2000名を超す小学生を発症させています。
腸管出血性大腸菌O157(以下、O157)も、加熱に適応してヒートショックタンパク質を作り出して、耐熱性を獲得するので、75℃で、1分間以上の加熱殺菌が必要になります。水分のない乾燥状態の加熱殺菌では、さらに長い殺菌時間が必要です。
上記の条件は、3つ同時に、常に人間にとって都合良くコントロール出来るものではないと思います。病原体はこれからも環境適応や進化を重ね、また、新しい病原体が出てくることもあるでしょう。
病原体やその他のハザードと呼ばれる食中毒の危害要因を考慮すると、人間が食物を食べる限り食中毒はなくなることがないだろう、というのが私の見解です。だからこそ、食中毒を含めた食性病害を忘れることなく、対策を怠らないということが大事なのです。
食中毒は、厚生労働省により、原因物質の違いで分類されています。
同省が毎年公表する食中毒統計にその分類が示されています。大きく分けて「微生物性」、「寄生虫」、「化学性」、「自然毒」、「その他および不明」に分類されます。
| ① 微生物性 |
細菌:
ウイルス:
|
|---|---|
| ② 寄生虫 | アニサキス、クドア、サルコシスティス、ほか |
| ③ 化学性 | ヒスタミン(微生物の代謝産物)、スズ、ほか |
| ④ 自然毒 | ふぐ毒、毒キノコ、毒草、ジャガイモの芽、ほか |
| ⑤ その他・不明 | 原因(病因)不明ではあるが、患者さんの発生状況から、食中毒とされる場合がある。 |
「微生物性の食中毒」には、細菌によるものがあり、さらに感染型と、毒素型に分けられます。感染型は、微生物の菌体が増えることから体調不良を起こすもので、代表的な菌はサルモネラ属菌、O157やO111、カンピロバクター属菌などです。2023年8月の石川県での集団食中毒事件では、892人もの患者が発生しました。原因は、カンピロバクター属菌でした。調理に使用した湧き水の衛生管理に問題があり、食事が汚染されていました。
リステリアは低温でも増殖するのが特徴で、わが国では食中毒の報告が少ないですが、欧米では、毎年、死者を伴う食中毒が発生しています。これまでに、厚生労働省がチーズによる食中毒の原因菌をリステリアであると認めた例が知られています。
毒素型の食中毒は、菌が毒素をつくるために起きる食中毒です。代表的な菌は黄色ブドウ球菌で、2000年、関西で1万4,000人もの被害者を出した低脂肪乳などによる食中毒事件が有名です。菌は熱で死滅しましたが、耐熱性の毒素が残ったために食中毒が起きました。
また、「微生物性の食中毒」にはウイルスによるものもあり、今世界中で多大な被害を出しているのがノロウイルスによる食中毒です。症状としては腹痛や下痢などがあり、非常に激しい嘔吐を伴います。
「寄生虫による食中毒」では、魚に寄生するアニサキスやクドアなどによって健康被害が起きることがあります。生食した馬肉中のサルコシスティスによる健康被害が起こることがあります。
「化学性の食中毒」は、残留農薬などが可能性として考えられます。しかし現在の日本では、農薬取締法や食品衛生法を適正に守れば、農薬による食中毒は発生しません。発生例には、ヒスタミンなどの食中毒があります。ヒスタミンによる食中毒は、主に魚に含まれるアミノ酸の一種ヒスチジンを、微生物がヒスタミンに変えてしまい、じんましんや吐き気を起こすものです。
「自然毒による食中毒」の代表的なものは、動物性ではふぐの毒です。2022年には、ふぐ処理師の免許のない方がふぐ料理して、死者1名を出した事例があります。植物由来の自然毒では、キノコの毒やトリカブト、スイセン、イヌサフランのような植物の毒があげられます。日本はキノコや野草を好まれる方が多いので、発症例も多くあります。
| 発生件数 | 発症者数(うち死者 3人) | |
|---|---|---|
| 微生物性 | 597件 | 13,054人 |
| 寄生虫 | 355件 | 694人 |
| 化学性 | 10件*注釈1 ヒスタミン中毒以外の事例は、消毒液の誤飲1件(2人)のみである。 | 137人*注釈1 ヒスタミン中毒以外の事例は、消毒液の誤飲1件(2人)のみである。 |
| 自然毒 | 57件 | 111人(死者3人**注釈2 イヌサフランの誤食で2名死亡、毒キノコの誤食で1名死亡 ) |
| その他および不明 | 18件 | 233人 |
*注釈1 ヒスタミン中毒以外の事例は、消毒液の誤飲1件(2人)のみである。
**注釈2 イヌサフランの誤食で2名死亡、毒キノコの誤食で1名死亡
これまでお話した中で重要な点は、食品にも多様な菌や危害要因が存在し、食品を食べる限り、同時に食中毒の原因物質も摂取してしまう可能性があるということです。人間は、自分だけでは生きられない従属栄養生物ですので、食べないわけにはいきません。食中毒の原因を知ることで、我々が食べ物を得ているフードチェーンへの関心と理解を少しでも高めていただければ幸いです。
食中毒対策では、まず原因菌などの特性をよく知ることが重要です。菌は生き物ですので、生き物としての弱点を持っています。昔から、「敵を知り、己を知れば」と言われています。たとえばO157 であれば、菌の弱点を知り、どのような状況であれば生き残るのか、生き残れないのかを知ることです。
そのうえで効果的な対策を講じて、食品の価値はなるべく落とさずに、原因菌を死滅させたり減少させたりすることで食中毒を防止します。何を利用するかによって、方法は3つに分けられます。
ひとつめは「物理的な方法」で、温度、電気、光などを利用します。温度には、加熱による殺菌や冷却などの方法があります。高電圧を短時間かけて、微生物を感電させることもあります。光の利用としては、カメラのフラッシュのような強い光をあてて、増殖を抑制します。
ふたつめは「化学的な方法」です。お酢のような酸や、わさびの成分を使うことなどがあります。ナナカマドという植物の実から発見されたソルビン酸は、微生物の増殖を抑制し、人間が摂取しても代謝できるので、保存料として食品に添加されます。保存料を好まれない方もいらっしゃいますが、保存料がなければ食中毒の危険性は高まります。保存料は科学的に評価されて、十分な安全率をかけた使用基準が設定され、食品メーカーは使用基準を守りながら製品を作っています。
最後は「生物的な方法」で、微生物を微生物で制御するものです。O157を抑え込むため、意図的に乳酸菌を多く入れる場合があります。また、生物由来の酵素を使う方法もあり、卵の中のリゾチームという、菌を溶解できる酵素を食品に入れて、食中毒を防ぎます。
私たちが暮らしの中でできる、具体的な食中毒対策はどのようなものがあるでしょうか。世界保健機関(WHO)は、2006年に「食品をより安全にするための5つの鍵」を発表しました。これは食品衛生の基本的な知識や行動を広く家庭に普及させるために作られたものです。日々の食生活において、この「5つの鍵」をポイントに、食中毒を防いでほしいと思います。
| 清潔に保つ |
|
|---|---|
| 生の食品と加熱済み食品とを分ける |
|
| よく加熱する |
|
| 安全な温度に保つ |
|
| 安全な水と原材料を使う |
|
出典:国立医薬品食品衛生研究所によるポスター(*世界保健機関(WHO)”Five Keys to Safer Food”より許可を得て翻訳)より抜粋
まずひとつめの「清潔に保つ」では、食中毒菌を付着させないために、たとえば頻繁に手を洗うことを推奨しています。石けんを使って少なくとも20秒間手をこすりあわせてください。また、ご家庭にペットを含む動物がいる場合は、調理場・食品保存の場に近寄らせないこととしています。
「生の食品と加熱済み食品とを分ける」では、食中毒菌が生の食品から加熱済み食品へ移行するのを防ぐことを目的としています。買い物中でも、生の食品は他の食品と分けてください。冷蔵庫では、生の食品から水滴などが落ちないよう、加熱済み食品を上の棚に保存するとよいでしょう。
「よく加熱する」では、食中毒菌を死滅させるため、70℃以上で充分に加熱することとしています。シチューのような液体の食品は沸騰させ、1分間は沸騰状態を保ちます。電子レンジで調理する場合は、冷たい部分がないよう、食品が均等に加熱できているかを確認してください。
「安全な温度に保つ」では、大部分の食中毒菌が5℃~60℃で増殖するため、この温度帯を避けて食品を保存することを推奨しています。煮込み料理などは食べるときまで60℃以上の熱い状態を保ち、残った場合は5℃以下に素早く冷却しましょう。解凍は、冷蔵庫など温度の低い場所で行ってください。
「安全な水と原材料を使う」では、食中毒菌や有害物質に汚染されていない水と良質な食品を使用することとしています。アウトドアで手や食器類を洗う際には、川の水ではなく、処理された清潔な水を使ってください。食品は信用できるお店から購入し、消費期限(品質の劣化が早い食品に対しての期限表示)が過ぎたら使わないようにします。
以上の「5つの鍵」は食中毒を減らすための基本です。基本をしっかりおさえ、ご家庭での食中毒予防に役立てていただけたらと思います。
食品工場など、食品取扱い現場での取り組みについて、ご紹介します。食品やその原材料の生産も流通も世界規模になっていることを受け、1962年、FAO(国連食糧農業機関)およびWHO(世界保健機関)が合同で、国際的な食品規格の策定機関としてコーデックス委員会(Codex:国際食品規格委員会)を設立しました。1969年には、世界の食品の安全性を確保するために「食品衛生の一般原則」が合意され、出版されました。
2020年にはコーデックス委員会は、「食品衛生の一般原則」の大幅な改訂を行いました。それまでは、付属文書としていた「HACCPの導入」を第2章として、本文に入れました。第1章は適正衛生規範GHPとしてまとめられています。第1章GHPに続いて、第2章をHACCPに取り組むことで、食品の安全性を確保し、向上させることを目指しています。
HACCP(ハサップ)とは、原料入荷から製造・出荷までの全工程において危害を予測し、危害防止につながる重要な工程(加熱、冷却など)を常に監視、記録するシステムです。各工程で問題があれば、すぐに対策を取るので、より効果的に不良製品の出荷を防止できます。
| 序文 |
| 第1章 適正衛生規範GHP |
| 1. 序章およびハザードの制御 |
| 2. 一次生産 |
| 3. 施設:設備および装置の設計 |
| 4. トレーニングおよび能力 |
| 5. 施設の保守・洗浄・消毒および有害生物の管理 |
| 6. 人の衛生 |
| 7. 食品等の取扱い |
| 8. 製品情報および消費者の意識 |
| 9. 運搬 |
| 第2章 HACCP |
わが国では、2018年に食品衛生法を改正し、HACCPによる食品の衛生管理が制度化されました。ここには、コーデックスの「食品衛生の一般原則」が、一般的な衛生管理に関する基準として受け継がれています。あわせてHACCPが食品関連事業者に導入されることになり、食品衛生のレベルが向上することになりました。
上記のシステムを導入しても、食品の安全性が完全に確保されるわけではありません。システムを管理するのは、人間です。各々の現場において、必要な教育・訓練を受けた従業員が、厳格に責務を遂行することが不可欠です。そしてまた、大事な責務を担う立場にあるという点では、私たち消費者も同じだと思います。前出の「WHO食品をより安全にするための5つの鍵」などを参考にして、清潔な食生活を維持してください。
食料の一次生産から最終消費までの食料調達のつながりを、「フードチェーン」と呼びます。牛の場合では、生育し屠殺(とさつ)して、肉を熟成、スーパーで販売され、購入した消費者がそれを食べる、この一連のつながりになります。
ここで大事なことは、フードチェーンでは、肉を熟成する方や販売する方だけではなく、最終消費者の私たちにも果たすべき責務があるということです。ご家庭の中にO157が潜んでいれば、O157が付着していない肉を買って来ても、自宅で汚染させる可能性があります。嘔吐した場合などに適切な処置をしなければ、周辺を汚染し被害を拡大させる可能性もあります。
肉類を生のまま食べて、あるいは加熱不足のまま食べて死亡した食中毒も起こっています。原因菌は、O157やO111などでした。わが国では牛レバーや豚肉(内臓も)は、生食用としての販売が禁止されています。牛肉では食品衛生法による規格基準に適合したものに限り、販売等が認められています。鶏肉やその他の肉類も、生食では食中毒を起こすリスクが高くなります。特に、年少者や高齢者、体調不良の方などはハイリスクであり、生食は避けるべきです。
野菜や果物も見た目では、清潔そうであっても、食中毒菌に汚染されている場合もあります。体調が思わしくない時などは、加熱して食べるようにしましょう。加熱調理は、可食部分を増し、味を変え、より多くの栄養素を消化・吸収できるようになります。有毒なものも、食べられるようにできる場合もあります。有害な病原菌や寄生虫を殺すこともでき、食料の保存性も増加できます。
加熱食品でも健康リスクはゼロではありません。加熱不足や加熱後の二次汚染を受ければ、リスクは増加します。食品に用いられる技術も、効果をもたらすこともあれば、予想外の不幸をもたらすこともあります。使い方を間違えないように注意する必要があります。
私たちもフードチェーンの一員として、清潔に料理し、適切に廃棄するといった役割を果たすこと。そして、それらを実現するために、食中毒についての知識と、高い関心を日ごろから持つことが大事なのです。

一色 賢司(いっしき けんじ)氏
一般財団法人日本食品分析センター学術顧問、北海道大学名誉教授
九州大学大学院農学研究科修士課程修了、農学博士
北九州市環境衛生研究所・農林水産省食品総合研究所・内閣府食品安全委員会事務局を経て、北海道大学大学院水産科学研究院教授。
2014年退官、名誉教授。
日本食品衛生学会特別会員、日本食品化学学会名誉会員、迅速検査研究会名誉理事ほか。日本食品衛生学会功労賞・学会賞受賞。