味の素グループの歩み

本社建物100年物語 ~銀座、京橋、宝町100年の歩み

昭和通り沿いの14階建てで、白いタイルの現在の本社ビルA棟(東京都中央区京橋1-15-1)が竣工したのは今から22年前の1991(平成3)年6月12日のことです。

昭和通り沿いの14階建てで、白いタイルの現在の本社ビルA棟(東京都中央区京橋1-15-1)が竣工したのは今から22年前の1991(平成3)年6月12日のことです。この地には、終戦を挟んで、1932年から1972年までの40年間、本社の建物があった時代もありました。今回は、創業前まで時代をさかのぼり、本社の建物に関するお話です。

鈴木製薬所東京事務所(1901年頃)

話は、1901(明治34)年5月までさかのぼります。葉山でのヨード事業が軌道に乗った、創業者二代鈴木三郎助は、当時の東京市京橋区弥左衛門町11番地(現銀座4丁目)の松崎煎餅屋から広さ6坪の一軒の貸家を借りました。ヨード売買のために、ここを東京事務所兼住居としたのです。息子の三郎(三代三郎助)は、ここの家から京華商業学校へ通ったそうです。ここで面白いのは、同年7月に開業した(株)電通(当時日本広告(株))の最初の事務所が同じ建物とされていることです。(両社とも社史に書かれている事務所の住所が同じで、当社60年史掲載の写真と1938年発行の電通社史に掲載されている写真が全く同一のものと思われるためです。)

町内会が設置した案内板の地図(クリックで拡大)

今この地に立ってみると、近代的なビルが建ち、1階には世界的に有名なファッションデザイナーの銀座店があります。
このビルの裏手に回ると江戸時代からあると言われる「宝童稲荷神社」の小さな社があり、その向かいに地元の団体が作成した案内板が貼ってあります。

そこには「明治35年の弥左衛門町とその周辺」という地図が描かれており、一つの建物を指して味の素(以前は電通)と書かれています。
また銀座サクセスストーリーの街として、弥左衛門町は、次の時代を切り開く近代の申し子たちが多く巣立っていったとの解説もあります。

丸の内三菱一号館(1908年頃)

次いで、1908(明治41)年3月には、当時、合資会社鈴木製薬所の事務所を、東京市麹町区八重洲1の1丸の内三菱一号館内に移転しました。「味の素®」発売後は、逗子工場で製造した製品を、芝区愛宕町の自宅で、家族総出で瓶詰めやレッテル張りをし、長男三郎が、毎朝商品を箱車に積んで、この事務所まで運んだそうです。

南伝馬町の味の素本舗事務所(1909年頃)(写真左)と
関東大震災後、同地に再建された本店(1925年頃)(写真右)

京橋の地に移転したのは、1909(明治42)年11月のことで、味の素本舗事務所として、東京市京橋区南伝馬町1-12(後述する1972年竣工の当社本社ビル敷地の一部)の表通りに面した3階建ての事務所に移転しました。

この建物は、1923(大正12)年9月1日の関東大震災で焼失しましたので、一時、当時高輪南町の二代鈴木三郎助の自宅を仮事務所としていましたが、同年11月上旬に焼失した跡地に仮設事務所を建て、1925(大正14)年には、同地に二階建ての本店建屋を建設しました。

この後1920(大正9)年の倒産の危機、川崎工場操業停止、1923年4月化学薬品の葉山工場操業完全停止、1929年7月「味の素®」製造特許延長期間満了と多くの試練を乗り越え、1929年10月「味の素®」発売20周年記念祝賀会を東京会館にて開催しました。この頃には「味の素®」事業の基盤も確固たるものとなってきました。1931(昭和6)年3月に創業者二代鈴木三郎助が逝去し、(株)鈴木商店の二代社長には、弟の鈴木忠治が就任しました。

京橋・宝町の本店ビル(1932年頃)

宝町の本店ビル地下に打ち込まれた直径340mmの松杭

翌1932(昭和7)年6月29日、現在の本社ビルと同一敷地(当時は東京都京橋区宝町1-7)に(株)鈴木商店の本店ビルが竣工しました。ビルは、地上8階建てで屋上に時計台があり、建屋内は冷房が完備された当時としては大変立派なビルディングでした。起工式は1930(昭和5)年4月15日に行われ、二代三郎助も出席しましたが、完成した姿を見ることはできませんでした。

関東大震災後でもあり、耐震性には、特に配慮されましたが、当時は、今の様に地下数十メートルの地盤の固い層まで地下杭を打つ技術がありませんでしたので、数多くの松杭を打ち込み、その上にいわば建物を浮かす工法をとりました。施工は当時の清水組(現清水建設(株))です。

1971(昭和46)年8月に円が変動相場制に移行し、1973年10月には第1次石油ショックが起こります。こうして我が国は、高度経済成長から、成長率5%前後の安定成長時代に移行していきます。この頃から、各企業は、高度成長期の負の遺産といえる公害対策と産業廃棄物の的確な処理、そして省資源・省エネ対策に本格的に取り組むこととなります。

京橋1-6に建てられた本店ビル。かつて南伝馬町の味の素本舗事務所があった場所に建設された(1972年頃)

こうした時代にあって、当社は社業拡大の為、宝町の本社ビルが手狭になってきたので、1972(昭和47)年7月に、かって本店事務所のあった東京都中央区京橋1-6に地上9階建ての新本店ビルを建設しました。この後、地方の支店で新社屋が建てられる場合、この本店ビルのデザインが取り入られました。またこの年は、「味の素KKの冷凍食品」(シューマイ等12品種)が発売された記念すべき年でもあります。なお翌1973年2月からは、本店を本社と呼称変更しました。

三代鈴木三郎助は、著書「葉山好日」にこう書いています。「いま、新築なった京橋の近代的なビルの前に立っても、あたりには南伝馬町時代の面影は何一つ残っていません。しかし想えば六十年前に、ここにこそ鈴木商店の本店があり、鈴木家の家族と従業員が、一同火のようにになって「味の素®」の売出しに躍起になったのです。そして、こう昔を思い出してみると、感慨はつきません」

現在の京橋1-15にある現在の味の素本社ビル

そして1989(平成元)年の創業80周年を経た後、1991年6月に19年振りに新本社ビルA棟が現在の地に完成し、10月には別館であるB棟も完成しました。
現在の本社ビルは、食品会社らしい清潔さと21世紀に向けたインテリジェンスを意識して設計されました。また耐震性を最重要視し、拡底杭という大きな杭が多数、地下深く固い支持層まで打ち込まれています。屋上には、今も昔と変わらず、商売繁盛を祈願してお稲荷様が祭られています。