社長メッセージ2021

食と健康の課題解決を通じて
“Eat Well, Live Well.”の実現に
全力を尽くします

西井孝明

2021年3月より、茨城県と連携した減塩促進キャンペーン「いばらき美味しお(おいしお)Day」を実施
撮影協力:フードスクエアカスミイオンタウン守谷店

味の素グループの経営哲学とビジョン

厳しい世界の現実に、OR(分断)ではなくAND(融和)の精神で向き合います

2020年1月からのコロナ禍は、世界中の皆さんと同じように、味の素グループにも、私自身にも大きな影響を与えました。長期的には人々の価値観を大きく変えていくでしょう。私自身は今、経営者として、また一個人としても、分断(OR)ではなく融和(AND)の重要性を強く感じています。世界には国、人種、貧富等により、様々な格差がありますが、この数年間でさらに差が広がり、分断・対立の度合いが顕著になってきています。そのことに心を痛めているのは私だけではないでしょう。フランスの哲学者アランは、幸福論の中で「悲観は感情、楽観は意思」と語りました。私は、厳しい現実を直視した上で乗り越えていくためには、分断・対立を煽る二者択一的な“OR”の感情ではなく、“AND”の精神が必要だと思っています。
考えてみると、味の素グループは1909年の創業以来、“AND”の会社です。世界で初めて、アミノ酸のグルタミン酸が「うま味」の成分であることを発見した池田菊苗博士と、実業家の二代鈴木三郎助が出会い、「日本人の栄養状態を改善したい」という研究者の志と起業家精神が共存して、味の素グループはスタートしました。この社会価値と経済価値の両立(AND)の精神を、私たちはASV(Ajinomoto Group Shared Value)として今に引き継いでいます。さらに二人は、「おいしさか栄養か(OR)」ではなく、おいしく食べることも栄養も両方重要だという、明確な“AND”のビジョンを持っていました。二人の思いは、私たちが大切にしている“Eat Well, Live Well.”の原点であり、存在意義でもあるといえます。そして、“AND”の精神で「食と健康の課題解決」に取り組み、豊かな社会と明るい未来に貢献したいと思っています。

ANDの経営

ANDの経営
改めてASV経営の進化を宣言します ~アミノ酸のはたらきとエコシステム*1の構築~

ASV経営は、事業を通じて社会価値と経済価値の共創(AND)を目指す経営です。2020年、味の素グループは「ASV経営の進化」を社内外にコミットするため、2030年に目指す姿として「『食と健康の課題解決企業』に生まれ変わる」ことを宣言しました。併せて、2030年までの2つのアウトカムとして「10億人の健康寿命の延伸」と「環境負荷の50%削減」を掲げています。その実現に向けて、「おいしさ」「食へのアクセス(入手を可能にする)」「地域の食生活」に妥協しない「妥協なき栄養」の姿勢を大事にしています。価値を生み出す核となるのは「アミノ酸のはたらき」です。人のからだの約2割、水を除くと約5割がたんぱく質でできています。そのたんぱく質を構成しているアミノ酸の研究を、味の素グループは創業以来100年以上にわたって重ねてきました。アミノ酸には、食べ物をおいしくする呈味機能、成長・発育を促す栄養機能、体調を整える生理機能等、4つの機能があることがわかっています。このアミノ酸の機能と先端バイオ・ファイン技術を活用して「おいしい減塩」と「たんぱく質摂取促進」に重点的に取り組んでおり、おいしく栄養バランスの良い食事を支援しています。過剰な塩分摂取やたんぱく質等の必須栄養素不足は、栄養に関する世界的な課題です。これらの課題を、うま味をベースとする調味料の世界トップ企業である味の素グループが解決していくことは、アミノ酸関連技術持つ私たちの強みを活かした社会貢献であると同時(AND)に、オーガニック成長*2を軌道に乗せる原動力だとも考えています。
また、環境面においては、地域・地球との共生を目指して「気候変動対応」「資源循環型社会の実現」「サステナブル調達*3の実現」に重点的に取り組み、それぞれ目標と施策を定めて推進しています。
これらを達成するには、当社グループだけでなく多様なステークホルダーと協業(AND)することが不可欠です。こうした考えのもと当社グループは、①「食事(栄養)」「からだの健康」「こころの健康」の関係の明確化、②生活習慣病等に至る人々の様々な食と生活習慣の類型化、③課題解決活動のエコシステムの確立、に力を注いでおり、現在は2つのエコシステム構築に取り組んでいます。
その1つ目は、アカデミアを中心としたエコシステムです。2020年4月、味の素(株)は弘前大学と、健康寿命延伸をテーマとする共同研究講座を開設しました。青森県弘前市が実施している「岩木健康増進プロジェクト」では、2005年から継続的に1,000人の住民の2,000~3,000項目にも及ぶ健康ビッグデータを取得しています。味の素(株)は共同研究を通じて、世界でも類を見ない健康ビッグデータの解析と当社の技術を組み合わせ、食事(栄養)と心身の健康の関連を分析し、健康寿命延伸につながる仮説の構築を試みます。
2つ目としては、健康課題解決のためのエコシステムの構築です。2014年から地域協働で取り組み、成果を上げてきた「岩手・減塩プロジェクト」のように、自治体、メディア、流通の皆さんとのコラボレーションによる実践の機会を増やして、分析・仮説構築と実践・検証のサイクルを回していきます。2020年7月には、当社の減塩技術を使って、うま味やだしを効かせた“おいしい・やさしい・あたらしい減塩”をコンセプトとする取り組み「Smart Salt(スマ塩)」プロジェクトを立ち上げました。日本だけでなく、ベトナムをはじめとする海外にも展開します。「岩手・減塩プロジェクト」でも明らかになったように、付加価値の高い減塩製品の販売増は単価向上にも貢献します。この過程では、味の素グループの長期的な成長が期待できると考えています。
これら2つのエコシステムの輪を連携・連関(AND)させ、志を共有できる多くの企業との協業(AND)によって大きく広げるとともに、対象エリアも世界に拡大していくことで、2030年までに10億人、さらにもっと多くの人の健康寿命延伸に貢献できると確信しています。

*1 製品開発や事業活動で複数の企業・団体と連携すること
*2 為替、会計処理の変更、M&A・事業売却等の非連続成長の影響を除いた成長
*3 環境や社会の持続性に配慮した原材料の調達

健康寿命延伸を世界に展開

健康寿命延伸を世界に展開

中期経営計画の進捗と自己評価

1年目の成果と課題を踏まえ、やるべきことを加速して実行します

2030年の目指す姿からバックキャスト*4して定めた「2020-2025中期経営計画」がスタートし、1年以上が経過しました。中期経営計画では、私自身の味の素グループの現状と未来についての強い危機感のもと、資本効率の改善とオーガニック成長への回帰を掲げ、ROIC(投下資本利益率)、オーガニック成長率(非連続成長の影響を除いた売上高成長率)、重点事業売上高比率、従業員エンゲージメントスコア、単価成長率(重量単価の伸長率、海外コンシューマー製品)の5つの財務・非財務の重点KPIを公表しています。これらのKPIに関しては、後述する様々な変革を加速し、2022年度の目標数値以上を目指していきます。2020年度実績と2021年度予想は次のとおりです。

中期経営計画 重点KPI

中期経営計画 重点KPI

1年目を振り返ると、計画を上回るペースで進んでいることもあれば、課題が明らかになってきていることもあります。順調に進捗しているのは、事業の取捨選択および味の素グループビジョンの従業員との共有です。また、味の素(株)の2021年6月の指名委員会等設置会社への移行や、同年4月からのサステナビリティ諮問会議の設置という、経営の基盤となるコーポレート・ガバナンス体制、サステナビリティ推進体制の強化も実現されました。一方、デジタルトランスフォーメーション(DX)による全社オペレーション変革および事業モデル変革は、着実に手を打っていますが、まだ緒についたばかりの状態で、実行と成果の刈り取りは2021年度以降になります。
事業利益においては、2020年度は過去最高益を更新することができました。お客様の生活を食の面から支えたいという思いのもと、操業と販売を止めなかった世界各地の従業員と経営陣の力だと自負しています。私自身、自社の人的資産の力を過小評価していたかもしれないと反省しています。2021年度の業績については、まだ不透明な要因も多い状況ですが、現時点では2020年度を若干上回ると見込んでいます。

*4 未来のある時点に目標を設定しておき、そこから振り返って現在すべきことを考えること

デジタルなき変革はあり得ません

中期経営計画を推進していく上で欠かせないのが、デジタルの力です。例えば、私たちは収益に関するマネジメントポリシーを、短期PL経営からROICとオーガニック成長を重要視する経営へと変更しました。全ての業務がROIC改善につながっている道筋をROICツリーとして示し、デジタルの力で事業ごとのKPIをリアルタイムに測定・可視化できれば、それまで数字の集計・作表・分析に費やしていた時間を価値創造や課題解決のために充てられます。成果の可視化によりやりがいの向上も期待でき、生産性と従業員エンゲージメントの向上につながります。また、どこに課題の本質があるのか誰が見てもわかるようになると、知恵を結集して適切な対策を講じるまでのスピードが速まります。
現在、管理会計の標準化、運用指針の整備、全てのグループ会社に共通の事業管理手法としてオペレーショナル・エクセレンス(OE)の浸透等、社内実装を一歩一歩進めると同時に、デジタル人財の育成に注力しています。

企業文化の変革を推進しています

味の素グループは、中期経営計画と並行して企業文化の変革にも挑戦しています。変革には5つのポイントがあり、1つ目は、「ビジョンの一新」です。もっと社会に貢献する企業となるために、昨年、ビジョンを「アミノ酸のはたらきで食習慣や高齢化に伴う食と健康の課題を解決し、人びとのウェルネスを共創します」に改めました。2つ目は、「企業価値の再定義」です。顧客価値(社会価値)創出に対する従業員エンゲージメントの向上が経済価値を生み、経済価値が従業員に還元され、さらにエンゲージメントを高めるサイクルこそが、企業価値だと再定義しました。3つ目は、「人財育成・開発と組織マネジメントの変革」です。人の力がなくては、新しい顧客価値を生み出すことはできません。顧客と一体となった課題解決を組織・個人の目標とし、従業員が顧客価値向上を通じて企業価値向上に貢献できる仕組みを新たに取り入れました。4つ目は、「収益に関するマネジメントポリシーの変革」です。これまでの短期利益積み上げ型の企業文化から脱却し、長期的な視点で投下資本効率とオーガニック成長を重要視する経営へと転換しました。5つ目は、「事業戦略をつくるプロセスの変革」です。2030年の目指す姿の実現に向けて、市場変化を想定した上でバックキャストし、3年後・6年後の事業戦略を策定しています。また、一度計画を策定したら、そのまま3年我慢して進めるのではなく、より良いものに変えていくサイクルが大切です。実際に、2020年に作成した3ヵ年計画の修正を始めており、今後も毎年更新することとしました。

開拓者精神とサステナビリティ経営

一番の課題は開拓者精神を取り戻すことです

企業文化の変革に着手して1年あまり、創業時のような開拓者精神を今の味の素グループに取り戻すことが、改めて私の使命だと感じています。コロナ禍によって、年間100日以上あった国内外への出張がなくなり、代わりにビデオ会議システムを活用して国内外のフードテック・ベンチャー起業家と刺激溢れる対話をすることができました。この経験は、1909年に創業した当時の味の素グループも、フードテック・ベンチャーだったことを私に思い起こさせました。味の素グループは、2030年までの10億人の健康寿命延伸を掲げていますが、私たち自身も企業としての健康寿命を延ばさなければなりません。私には、現状のままでは、いずれ新興企業にディスラプトされてしまうという強い危機感があります。ここで必要なのが、前例踏襲主義を打ち破る、創業時のような開拓者精神を持つことです。昨年、約3ヵ月間、じっくりと時間をかけて全役員と次世代経営陣約70人が参加するオンライン研修を実施しました。その中で、過去の中期経営計画の目標未達に対する私自身を含む経営陣の反省や経営の課題を率直に語り合いました。この研修では、当社グループの縦割りで分断しがちな組織構造や、保守的な企業風土を大きく変えていくという明確なコンセンサスを得ています。私自身、変革への大きな手応えを感じました。この流れを止めずに、変革を進めることを社内外にお約束します。
また、ベンチャーの力を当社グループに取り入れる施策としては、2020年度に社内起業家を掘り起こし育成を行うプログラム「A-STARTERS」をスタートしました。さらに国内外のベンチャーに投資を行うコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を設立、社外から専門性のある人財の登用等を行い、新たな協業(AND)を模索し始めています。
そのほか、様々なスタートアップとの協業・連携(AND)も進んでいます(下表参照)。これらの活動をスピードとスケールをもって手掛けることで、当社グループの研究開発、既存事業の「深化」と並走する新規分野の「探索(進化)」を“AND”で前進させていきます。

スタートアップとの協業・連携

スタートアップとの協業・連携
監督・執行の分離を明確化するためにガバナンス体制を改革しました

「開拓者精神」に伴うのは、健全なリスクテイクです。それを担う執行サイドの監督・支援機能をこれまで以上に強化するため、味の素(株)は2021年6月に指名委員会等設置会社へ移行しました。取締役会は、長期の企業価値向上の観点から経営の重要事項の方向性を定め、アクセルとブレーキの両面から執行サイドを監督します。取締役会議長は社外取締役の岩田喜美枝氏が務めます。執行サイドは、取締役会から信任を受けた最高経営責任者(CEO)である私を中心に、取締役会から示された経営の方向性を速やかに具現化します。
また、従来は取締役と監査役合わせて14名(社外役員比率43%)でしたが、監査委員を含めた取締役11名の体制としました。今回、第一三共社の元CEOであり、グローバルなヘルスケア産業の経営を知る中山讓治氏が社外取締役に加わりました。これによって社外取締役が取締役の過半(社外役員比率55%)を占める構成になりました。指名、報酬、監査委員会の委員長も社外取締役が担っています。さらに、それまで37名の執行役員を20名程度の執行役に減らすことで、役割のオーバーラップを減らし責任を明確化、同時に若返りを図りました。
加えて、2021年4月に取締役会の下部機構としてサステナビリティ諮問会議を新設しました。健康・栄養、新興国、ミレニアル世代、ESGやインパクト投資、メディア(情報発信)という視点を持つ国内外の有識者が、2050年までの長い期間を視野に入れた様々な課題、方向性を取締役会に提言してくれることを期待しています。経営会議の下部機構として同じく本年4月に設置したサステナビリティ委員会で執行計画を立て、社会の持続性と味の素グループ自体の持続性を“AND”で実行するサステナビリティ経営を強化していきます。

サステナビリティの追求はゴールのない旅です

私は旅行が好きで、海外に出かけ見聞を広げることを楽しみにしています。通常の旅行の場合は目的地に到着すれば一段落ですが、サステナビリティの追求は永遠に続く旅だと考えています。SDGsが目的地で、ここに到達するためのプロセスがESGだともいわれていますが、あくまでも2030年の通過点としてのゴールです。世界をよりよくするため、新たな目的地がまた生まれた時、SDGsやESGは当然のこととなり、言葉自体がなくなる可能性もあるでしょう。
2050年を見据えた時、特に人々の栄養や持続的な食の供給の観点で、食料システムが大変な危機に直面していると考えています。世界中の食の関係者が今から取り組み、2030年までの気温上昇を2℃以下に抑えなければ、取り返しのつかないことになるでしょう。味の素グループも、環境・社会課題の解決に貢献できる企業であり続けなければ、この先サステナブルな成長は困難です。中でも重要な課題の一つである温室効果ガス排出削減に関して、当社グループの課題は、サプライチェーン全体の排出量の把握と削減だと認識しています。自社や直接の原材料調達先はモニタリングできていますが、その先の調達先や消費者レベル(スコープ3)は、これから数年をかけて実態把握・改善していく必要があります。また、パーム油等、重要原材料の調達における課題解決は当社グループだけの力では難しいため、国際的な消費財の業界団体であるザ・コンシューマー・グッズ・フォーラム(CGF)や各国政府、NGO等と協業し、調達ガイドラインの設定やトレーサビリティの確立を進めていきます。

これから先もステークホルダーの皆様と共に歩みます

私は、バリューチェーン上のステークホルダーの課題を「自分ごと化」し、良好な関係を継続することこそ、ASVを標榜する味の素グループが進むべき道だと確信しています。顧客・一般生活者には食を通じた健康寿命の延伸につながる価値提案を、従業員には継続的なスキルアップの場、やりがい、雇用の安定を、取引先には公正な機会を、株主・投資家の皆様には、サステナブルな還元を追求すると同時に、中期経営計画の早期達成にコミットしてまいります。
そして、ステークホルダーへの貢献を通じて、世界中の人々の食と健康の課題を解決し、その先に明るい未来を創る――これがまさに私たちが目指す“Eat Well, Live Well.”です。全てのステークホルダーの皆様、これからもご指導、ご支援のほど、よろしくお願いいたします。

2021年8月

取締役 代表執行役社長
最高経営責任者

西井 孝明

料理を通じてウェルビーイングを実感しています

私は、おいしいものを食べるのも、自ら料理をするのも好きです。子どもの頃から日本の伝統的なおせち料理を作る手伝いをし(今でもほぼ作れます)、最近ではアメリカ人シェフから教わったキュアドサーモンという料理を数日かけて作ったりします。ウェルビーイングを研究・推進している石川善樹先生によれば、料理頻度の男女差が少ない国ほどウェルビーイング指数が高いようです。私も、当社のレシピサイトAjinomoto Parkを見ながら、減塩料理にチャレンジしようと思います。