スポーツの舞台裏に迫る『挑戦のそばに』

近年、密を避けたレジャーとしても注目される水上オートバイ。しかし、大怪我や事故も増えている現状があります。今回は、海上保安や救助活動に広く従事する、岸浩明さん。水上オートバイを中心とした操船技術教育活動『K38 JAPAN』の役職にもついている岸さんは、海上レスキューの現場には安全に対する意識、アミノ酸の摂取・活用が必要と普及活動を行っています。あまり詳しく知る機会のない、海上保安の実情。“海の安全をサポートする”プロとしての想いや、やりがいを伺いました。

ウォーターセーフティーを学び「人の命がかかっている」重みを実感

様々な肩書きを持つ岸さん。軸となるお仕事は、夏場の北海道アウトドアアクティビティのガイド。スタンドアップパドルボードなどを、安全に楽しむためにサポートをしています。そして、シーズンオフの活動が『K38 JAPAN』という、公益財団法人マリンスポーツ財団(現在は一般社団法人 北海道ウォーターセーフティ協会)が設立した、水上オートバイを中心とした水上安全運航教育機関の講師。つまり、水上オートバイを安全に運転するため、教育をする先生です。
岸さんがこの仕事をするきっかけとなったのは、会社員時代から所属していた日本ライフセービング協会のライフセーバー活動でした。まだ日本に、水上オートバイの救助活動さえなかった2002年。海外でウォーターセーフティー(水難救助)の講習を受けた経験が、原点となっています。
「人の命をやりとりする場なので、軽はずみで行ってはいけない。しっかり勉強しなければならないと考え直しました。そこから、この職業を仕事にすることに決めたんです」。
実は日本で、法的に定められた水上オートバイの安全運行教育プログラムはありません。
「法律上、絶対それを受けなければいけないものはないんです。船舶免許さえ取得すれば乗れるので、教育を受けなくても、水上オートバイも扱えるようになります。一方、K38の本部があるアメリカでは、公務で公的機関の方が水上オートバイに乗る場合、ある一定の教育を受けないと、そのエリアでは乗ってはいけないルールがあるんです」。
車に運転免許があるように、規定のなかったものをある程度規定していく。そして、水上オートバイに乗る人の意識を変えていくのが、岸さんの役目です。
「我々がアメリカから持ってきた知識や技術を少しずつ提供しながら、各消防単位、各海上保安庁単位で、隊員が事故を起こさず公務に従事できる教育手法を提供しています。もともと日本で行っている安全運行教育があるので、それを上手く転換させていくのが、僕たちの今の仕事ですね」。

K38のプログラムを受けて、一番大きく変わったのは僕自身

K38 JAPANと出会うまで、日本国内のみのインストラクターをしていた岸さん。2011年3月11日に起きた東日本大震災で、水上オートバイを使い救援・捜索活動をしていたことが、アメリカ本国のK38との繋がりに発展。同年10月、日本で初めてK38 JAPANのインストラクターとしての講習を受けました。そこで得た情報、過去に聞いたこともなかった考え方は、自身にとって衝撃的な内容でした。
「今までライフセービングなど様々なことに取り組んできましたが、小型船舶や水上オートバイの救助に関わる指導、全ての情報が僕にとっては“目から鱗”状態。そこから日本各地の消防に行ったり海上保安庁と関わったり。色々なところへ営業に行って、活動を理解してもらい、今に至ります」。
水上オートバイの講習と聞けば、まず運転技術の習得をイメージする方も多いはず。それもありますが、驚いたのはK38 JAPANのウォーターセーフティーに対する考え方そのもの。服装や言動、全てを変える。これによって明らかに、周りの人々の反応は変化していきました。
「Tシャツや裸でライフセービング活動をしていた時は、遊泳禁止の場所で泳いでいるに人に水上オートバイで近づき注意しても『OK、OK』とか言って、笑顔で無視されていたんです。ところが上から下までウェットスーツ、黒いヘルメット、サングラス、グローブ、ブーツ、ライフジャケットを着用して、ゆーっくり近づいて注意すると、すぐに注意を聞いてくれるように。それぐらい、こちらの印象が変わると相手の態度が変わった。これには、僕自身が1番びっくりしました(笑)」
マインドセットひとつで、自分も相手も行動が変わる。その意識の変化により、岸さんはここ10年ほど、レジャーで水上オートバイには乗っていないと話します。
「安全に運行することを表現しなければならない立場なので、海で溺れて海上保安庁に救助されるのを避けなければならない。もっと言うと、昔は水上オートバイの安全運行教育で、小遣い稼ぎができれば良いかなぐらいの甘い考え方だったんです。それがK38のプログラムを受けてから、大きく変わりました。結果、もう遊びでは乗れなくなってしまったんですよね(笑)」。
水難救助艇の操船に関わる人々の意識を少しずつプロフェッショボートオペレーターの意識に変えていく大きな挑戦に取り組む岸さん。これからも、その高い志で日本全国に安全教育を広げていきます。
※K38 JAPANとは、ウォータースポーツを通じて海の知識を深め、海事思想の普及に努めてきた、一般社団法人 北海道ウォーターセーフティ協会の内部組織。水上オートバイを活用した水上安全管理やレスキュー体制に関する安全講習会などを、日本国内で行っている。