スポーツの舞台裏に迫る『挑戦のそばに』

今回は、男子400mハードルで日本陸上界をけん引する安部孝駿選手をご紹介します。身長192㎝と恵まれた体格を持つ安部選手は、20代はじめまで未来を嘱望されるハードラーでした。しかし、そこから苦悩の歳月を経験。多くの支えを受け、2017年に自己ベストを更新して復活すると、一気にその才能を開花させました。今回は苦悩を乗り越え、大きな夢に向かって突き進む、安部選手の想いに迫ります。

世界に挑み続けることで芽生えた強さ

2019年9月、カタール・ドーハ大会。400mハードルに日本代表として出場した安部孝駿選手は予選こそ通過しましたが、準決勝で全体10位となり敗退。しかしレース後、安部選手は「目標としていた決勝進出は果たせませんでしたが、自分の成長を感じる大会でした」と前向きに語っています。
「これまではどこか出場することが目標で、その舞台で戦うところまでモチベーションを高められていませんでした。しかし昨年から環境を変え、世界で戦うためのプランニングからトレーニング、合宿などを積み重ねてきました。実際、昨年参加した国内レースは日本選手権だけで、残りはすべて海外を転戦していたんです。そうして世界の強豪選手たちと戦う回数を増やしたことで、自分自身の実力が上がっていると感じました。だから、本気で決勝に残るぞという強い気持ちで臨めたのです」
最良の結果は出せなかったものの、世界の強豪選手と対戦することが当たり前になり、自分の中に強さが芽生えた。そのことを、他ならぬ安部選手自身が感じられるようになったのです。
「スランプの時期が長かったんですね。7年くらい自己ベストが出なくて、その途中で怪我もあったし、すべてがうまくいかなかった。でも、7年ぶりに自己ベストを出した2017年、ロンドン大会で初めて準決勝に進んだ時、もっと上を目指せるという手ごたえを掴むことができたんです」
大学1年生の時に出場した世界ジュニア陸上競技選手権大会で、当時の自己ベストを出して銀メダルを獲得した安部選手。その才能に対して、周囲からの期待の声も少なくありませんでした。しかし、そこから長く続いた低迷の時期。それを乗り越えたときに、安部選手の世界への扉は再び開いたのです。

400mハードラーに求められる資質とは

見据える先にある、東京大会。すでに参加標準記録を突破している安部選手は「焦らずじっくり調整して、結果を出さなければなりません。そうして出場権を得て、その先につなげていきたいと考えています」と先を見据えます。
「僕の強みのひとつは体格が海外勢と引けを取らないところ(身長192㎝)。しかも28歳という年齢は400mハードル選手の中ではベテランの域に入ります。その意味では世界の舞台でも、自分自身をコントロールできるようになってきましたし、ハードリング技術も海外選手より長けている自信を持っています。あとはフラット――つまりハードルを飛ぶところ以外のスプリントが劣っているので、その強化を今も継続してやっています。スプリント力が高まれば、最後の直線に入ってからの競り合いでも十分戦えると考えています」
安部選手は昨年の冬季からアメリカに渡り、アメリカ人コーチのもとで長期的なキャンプに取り組み始めました。得意ではなかったウェイトトレーニングも取り入れ、走り方も大きく変え、これまで以上にスピードが出せるトレーニングを積んでいます。その成果も徐々に表れてきていると、安部選手は感じています。
「昨年の冬季から、自分のできることが多くなったと感じています。今は質を高めて、体力的にも追い込めるようになっています。僕自身のイメージしている動きができるようになってきて、逆に修正しなければいけない動きが少なくなってきた。質の高いトレーニングを積めている証拠だと思っています」
400mを駆け抜けるあいだに10台のハードルを越える400mハードル。単純なスプリント能力だけでなく、持久力と、ハードルを越えるスキルも求められるハードな種目。この極限の戦いの中、質の高いトレーニングを積むことで、安部選手は夢の舞台へとしっかり前進しています。