スポーツの舞台裏に迫る『挑戦のそばに』

年間の登山者数800万人とも言われる、世界有数の山登り大国、日本。過酷な環境に挑み続ける登山は、長時間にわたる運動の代表格で、コンディショニングも非常に重要です。今回の『挑戦のそばに』は、長野県北アルプスを舞台に山岳パトロールなどを行う加島博文さん。加島さんは、遭難者救助を始め、夏山のパトロールや登山道整備など、登山客が安全に山登りを楽しむための活動を年間通じて行っています。プロの登山家として、命がけで現場に出向くことを決めた理由、そのやりがいを伺いました。

「話すことが仕事」、事前に遭難を防ぐコミュニケーションこそ最も重要

国土の約7割が山岳地帯である日本。壮大な景観など、日常では決して味わえない体験ができる登山は、アルピニズムとも呼ばれ、スポーツとしても多くの人々を魅了しています。しかし、山は常に危険と隣り合わせ。年間約800万人とも言われる一般登山者が、安全に山登りを楽しめるよう尽力しているのが、長野県中心に活躍する『夏山常駐パトロール隊』のみなさんです。民間パトロール隊として、何十年も前から活動しているこのチーム。実際にどんな活動をされているのか、常駐パトロール隊副隊長の加島博文さんにお話を伺いました。
「7月から9月頭の50日間は、常駐パトロール隊として入山し、登山道を巡回しています。冬の間はスキー場でパトロール、それ以外の期間は自分で立ち上げたマウンテンサポートという会社で、北アルプス一帯の登山道の補修工事などを行っています。救助活動も行いますが、基本的にはパトロール中に声をかけて事前に遭難を防ぐのが仕事です」
日本に18,000あると言われる山の中でも、加島さんが拠点を置く北アルプスはひときわ人気が高く、その分訪れる登山客も圧倒的。そんな中でも、パトロール中に会った登山客には、全員に声をかけるそうです。天候にあわせたアドバイスをしたり、「アミノバイタル」を渡すことも。パトロール隊といえば、遭難救助のイメージもありますが、実際は「話すことが仕事」だと語ります。
「登山客と話すことで、相手を『遭難してはいけない、迷惑をかけてはいけない』という気持ちにさせるのが重要です。実際に、声をかけた人はほぼ遭難しません。話すことが抑止力になると思っているので、隊員を選ぶときにも、口下手な人は選ばないんです。山登りの技術は活動の中で身につきますが、それだけで救助はできませんから」
24年間の経験を元にした声かけ、登山客へのサポート。救助隊と聞いて、テレビドラマのような派手な救助シーンだったり、救われた人々の感動の涙を思い浮かべる人も多いかもしれません。しかし、本当は地道な活動こそが最も重要。ひとつの声、お客さんに歩み寄るその一歩こそが、“命のサポート”なのだと、加島さんの言葉から教えられたかのようでした。

命がけの現場で得られる達成感

しかし、それでも遭難など重大な事故は起こります。「遭難などがあれば、警察からの依頼を受けて、出動します。救助活動は行政主体ですが、私たちの方が普段から登山道を歩き、山を熟知しているので、この北アルプスに不可欠な存在だと思っています」。民間救助隊の存在意義を、そう説明する加島さん。実は、関東で生まれ育った彼が、どうして長野の山を守ることになったのでしょうか。
加島さんが山登りに興味を持ったのは大学生の時、山岳部に入り、どんどん山に楽しみを見出すようになりました。大学3年生になる頃には実力もつき、1人で海外遠征に行くなど、精力的に活動。そこから、一般登山者ではなく、救助する側に興味を抱くようになったのは、海外遠征中のある出来事がきっかけだったと言います。
「ある日本人が、山の途中4000mでいきなり亡くなった現場に遭遇したことがありました。1人で来ていたその方を、日本に帰してあげなければならないと思い、自分の遠征を途中で止めたんです。ネパールで軍に引き渡すまで、2日間ずっと付き添っていました」
たまたま関わることになった、自分と同じように山を愛する人の最期。その出来事が、自身の死生観について考え直す機会になりました。「このまま挑戦的な山登りをしていたら自分は早く命を落としてしまうという危機感を抱きました。そこから、助ける方に回ったら山と共に生きて行けるのではないかと考えるようになり、今の常駐パトロール隊に入れてもらいました」。
命の危機を感じて飛び込んだ世界ですが、救助の現場も決して安全なわけではありません。頭上から落石が落ちてくる中、1つの岩に掴まって救助活動をすることもあったと言います。自分の身を危険に晒しながらも人のために働く。それは、中々できることではありません。
「普通に生きていたら、人のために自分の命をかける場面ってあまりないですよね。それが私たちの場合は一年に何十回もあります。大変な状況でも何も問題なく活動ができた時、得られる達成感はとても大きいです」
誰かの命を、身を挺して救う達成感。それが加島さんの原動力になっていました。