スポーツの舞台裏に迫る『挑戦のそばに』

初回となる今回はノルディック複合の渡部暁斗選手。高校2年生で2006トリノ五輪に出場して以来、ソチ・平昌と2度で銀メダルを獲得。昨季は個人W杯総合優勝を果たすなど、10年以上も世界のトップで戦い続けて来た、その強さの理由を紐解きます。

ビッグイヤーの後で掴んだ自信「地力の底上げができている証拠」

ノルディック複合の渡部暁斗選手にとって、2017-18シーズンはひとつの転機となりました。2月の平昌で、ソチに続く2度目の銀メダルを獲得。そして、個人ワールドカップ(11月~3月頃まで世界各地で20試合程度行われるシーズンを通じた大会)では念願だった自身初の総合優勝に輝いたのです。
「総合優勝した2017-18シーズンがかなり濃いシーズンで、今までにないくらい肉体的にも精神的にも厳しいシーズンでした。平昌に向けての準備もあったし、総合優勝のチャンスも同時進行で進めなければならず、そこに骨折も加わった。考えることも多かったし、パフォーマンスレベルも常にトップを維持しなければならず、本当に疲れていました」。
そして迎えた、2018-19シーズン。「年間を通しての結果は自分の波だけでなく、他選手の調子も含めて変動するので、追われる立場という感覚はありませんでした」と、プレッシャーをものともしない渡部選手は、2月末の世界選手権2019で複合個人ノーマルヒル銅メダルを獲得。6㎞過ぎでトップに立ち、その後競り合いに敗れたが底力を示しました。個人ワールドカップも総合2位でフィニッシュ。この結果は自身にとっても、納得のいくものになったそうです。
「個人的には平昌で金メダルを獲るために、前年度から気持ちを切らせないようにやっていたつもりでした。しかし、終わってみると集中力を欠いた部分もあります。ただ、その中でも世界選手権でメダルを獲り、総合2位で終われたのは、地力の底上げができている証拠。少し自信になりました」と、シーズンを総括した渡部選手。想像を絶する重圧にさらされた2017-18シーズンを終え、調子を崩してもおかしくない中でこの結果は、本人の並々ならぬ努力の賜物と言えるでしょう。

10年以上世界のトップで戦い続けられる“継続性”の背景

何より渡部暁斗選手のアスリートとしての凄まじさは、“継続性”にあります。2009年の世界選手権で団体金メダルを獲得して以降、世界トップレベルのパフォーマンスをキープ。個人総合は2011-12シーズンの2位に始まり、今年で8年連続総合3位以内にランクインしています。その秘訣、普段トレーニング時から意識していることとは何なのでしょう。
「常に探求心を忘れない、常に自分を疑うことですね。自分が取り組んでいるトレーニングに、自信を持つことは大切です。その一方で、もっと良いものがあるんじゃないかと疑うことも大事だと思います。このトレーニングとあれを合わせたらどんな化学反応が起きるかなど、新しいこと、自分が知らないことへの探求心を忘れない。それが一番ですね」。
渡部選手自身、高校生の頃に週末にジャンプの指導をしてくれるコーチこそいたが、平日の練習メニューはチームメイトと考えていたそうです。知識もない中、手探りで効果的なメニューを探し実践する日々から、自然と『自分で考えて、ベストを追求する』姿勢が身に付いた。その信念は、彼がトップパフォーマンスを続けられる理由として間違いなく大きいのではないでしょうか。
今後に関しても、渡部選手は自分の可能性を信じています。「まだ自分の体に満足していないので、今後はフィジカルトレーニングの内容や回数を見直そうと思います。技術的にはある程度のところまで来ましたが、それは現時点の身体でできること。もっと強化すれば、他の技術も取得できる気がしています。完全に自分の身体を変えるような気持ちで、フィジカルを強化してからテクニック改善につなげる。それが今の課題です」。
その飽くなき探求心こそ、渡部選手の原動力。今も彼はジャンルを超えて、新たな学びを求めているようです。「白馬村で琉球空手の教室を開いている方のところに何度か行ってインスパイアされたのはありますね。あと今は、特に古武術の本を読んでいます。最初は古流剣術の本を読んで面白いなと思ったのですが…さすがに剣は振れないかなぁ(笑)」