スポーツの裏側にある魅力に迫る『挑戦のそばに』。
日本の名山計301座を人力でつなぐプロジェクト「日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse3~」を1310日間かけて達成した田中陽希さんは、世界各地でおこなわれる『アドベンチャーレース』に挑戦を続けるレーサーでもあります。

未知なる自然に飛び込んでいく
アドベンチャーレースとは山・川・海など、自然をフィールドに行うアウトドアスポーツの複合競技です。総距離はレースによって様々ですが、平均すると600㎞ほど。男女混成の4人一組でゴールを目指すチーム競技です。「アドベンチャー」というと、楽しい冒険というイメージがありますが、実際のレースは想像以上に過酷なもの。
「スタートの数時間前まで、ゴールがどこなのか知らされないことも多いです。少し前になってようやく、この山を登ってこの川を下って、海あるいは湖を渡って、数百キロ先のゴールを目指してくださいと言われるのです。最近は数日前に最低限の情報をもらえることも増えましたが、それでも、スタートしてみないと分からないことばかりですね」
「また、コースの途中にいくつかのトランジション(中継ポイント)があり、そこで種目が変わります。トレッキング、マウンテンバイク、カヤック、ラフティング……崖を昇り降りするロープアクティビティや、国や地域によってはスキーを着用したり、馬に乗ったりしながら進むこともあります」
その間、緊急用GPSを除くと、衛星携帯電話やスマートフォンなどの電子機器は一切持てません。大会側が用意する地図と、アナログなコンパスだけを頼りにゴールを目指さなければいけないと言います。そしてスタートしたら、作戦会議はもちろん、寝る時間も食事時間も含めて、時間が一切止まらないという、1分1秒を争うタイムレースです。

危険と隣り合わせだからこそ
田中さんがアドベンチャーレースに出合ったのは大学在学中。卒業後は教員になろうと考えていましたが、血気盛んな20代前半、自身の生き方を考えるタイミングがありました。
「誰かに何かを教える立場になることに、少し違和感を持ったんです。大学卒業まで約16年間、競技者としてクロスカントリースキーをやっていたこともあって、この先の人生は長いのに“夢を託す側”になっていいのかなって。まだ挑戦していたいという気持ちがありました」
そんな時にアドベンチャーレースの存在を知り、直感で「挑戦すべきだ」と感じたと言います。まずは最低でも10年続けようと決め、そこから約18年間、アドベンチャーレースの世界に没頭し続けています。
2022年には、当初から所属していたアドベンチャーレースのプロチーム『Team EAST WIND』の2代目キャプテンに就任。アドベンチャーレースの魅力について、田中さんはこう語ります。
「アドベンチャーレースは、必ずしも強いチームが勝つわけではありません。気候や運を味方につけながら、1人では絶対にたどり着けない場所に向けて、仲間と苦楽を共にして突き進んでいく。自分だけでは成し得ないことも、みんなが少しずつ力を持ち寄ると信じられないパワーが生まれるんです。例えばレース中、限界が近い状態なのに、少し先にライバルチームの背中が見えた瞬間、気づいたらみんなで全力疾走している……なんてこともあって。そうした、日常生活では得られない感覚を味わえるのが、本当におもしろいですね」
もちろん、大自然を舞台に行われるレースですから、一歩間違えれば命を落とすこともあります。実際にメンバーが大ケガしたこともありますが、田中さんは現実に向き合います。
「むき出しの自然の中に入ると、人間の力って本当にちっぽけだと感じるんです。それでも、危険と隣り合わせの環境だからこそ、お互いのことを本気で思って助け合える。チームメンバーは自分の生き写しだと思っていて。相手を通して、自分の知らない自分を知れることも多くあります」
自然の怖さも素晴らしさも、真正面から受け止める。そこでしか得られない大きな感動や新しい自分との出会いが、田中さんをまたレースへと向かわせる原動力となるのです。
