苦手なものを苦手と思わず、伸びしろと捉える

これまで、数々の偉大な記録を打ち立ててきた陸上 十種競技の右代啓祐選手。しかし、「まだ目標を達成していない」と本人は語ります。「年齢的に引退かとも言われますが、自分の持っている能力以上のものを引き出すため、去年12月に変化を求めて、アメリカの元世界記録保持者だったコーチのところに3週間武者修業に行きました。そこで、はっきり今後に向けて道筋が見えた。5年ぐらい日本記録を更新できていませんが、その時よりも状態は良いので、成長を噛み締めながら2020東京へ向けて頑張っている最中です」。
その目標とは、世界大会でのメダル獲得です。「計算上、8500点を取れば可能で、それには10種目全てで自分の100%に近い記録を出さなければならない。70%や80%ではなく、個々の練習を100%効果が得られるように意味を持って練習する、何ができて何ができていないかをその日に解消する練習を心がけています。それができれば競技のパーセンテージもあがってメダルに届く。それが今のモチベーションになっています」。
10種目全てで100%に近い実力を出すこと。それは並大抵の努力ではできません。「苦手な種目は嫌になりませんか」と聞くと、右代選手も「嫌になりますね」と気さくな笑顔で答えながら、こう続けました。「日常生活でも苦手なことって、“ほったらかし”にしがちだと思うんです。私も算数は得意じゃなかったし、苦手なものがいっぱいありました(笑)。でも、十種競技に出会って『苦手なものを苦手と思わない』ことがすごく大事だと気付いた。それは、ポジティブに捉えたら“伸びしろがあるもの”とも捉えられる。だから、なるべくネガティブな言葉を連想しないようにしています」
「例えば100m走も、天性の感覚で記録を伸ばす人もいますが、多くの人は知識を身につけて考えて速くなっている。そういう人に聞いたりして、力の原理やボディーコントロールを走りに取り入れたら、少しずつ短距離も速くなりました。苦手だから学習しないとか学ばないではなく、前向きに考えることで乗り越えていけるものがあるし、陸上は基本的に頑張った分だけ伸びるから面白い。私も色々と挑戦して自分のオリジナルのスタイルを見つけつつある、旅の途中のような感じです」。ベテランとして追われる存在となった今も、新たな可能性を模索し続ける右代選手。その姿勢に、強さの理由を感じました。

平凡な選手が十種競技と出会い、夢を叶えた

十種競技のルーツである、五種競技が行われていた古代ギリシャでは『万能』であること、つまりスポーツもできて、勉強もできて、色々な人とコミュニケーションがとれることが重要とされていたという説があります。今、十種競技出身者が、TVタレントやスポーツプログラムの開発など、多方面で活躍しているのは、そんな背景もあるのかもしれません。
2日間にわたる戦いで試されるのは、競技力だけではありません。どんな天候にも対応するタフネス、体調管理、集中力の持続、少しぐらい失敗しても切り替えられる前向きな気持ち、あらゆる要素を揃えなければ結果は出せません。まさに肉体的にも精神的にも成熟した“アスリートの王様”。それが十種競技の王者なのです。
「競技を続けていくうちに、人格形成ができていくのかもしれませんね。単独種目の選手より練習時間を割けないから効率の良い方法を考えたり、苦手なものにも取り組まなければならない。それを繰り返すうちに、普段の生活のリズムも整ってくる。歩く時も良い動きをイメージするなど、日常的に競技に向き合いアンテナを張るようになったのは、十種競技に出会ったからだと思います」と語る右代選手。
競技と出会い、人間として成長する。その過程を踏んできた右代選手は、諦めないこと、努力することによって、なりたい自分になれるのだと若者に伝えていきたいと話します。
「私も大学生時代は平凡な選手で、関東インカレに出てもブービー賞しか獲れないような実力でした。でも、自分の力はこんなものじゃないと思って誰よりも練習したし、授業も30分空いたら必ず競技場に行ってトレーニングしたし、学生時代1回もダラけた練習をしなかった自信があります。“誰よりも努力した”という積み重ねが自信になって、夢が叶っていった。たいしたことない選手でも本気になったら、ここまで来ることができた。できない学生の気持ちもわかるので、そんな若手に『私だってみんなと一緒だったんだよ』と声をかけながら、夢をともに叶える指導者に今後はなりたいと思っています」。
日本選手権優勝、アジア王者と自分のなりたいものを主張し、それを現実にしてきた右代選手。たゆまぬ努力の末に、未来を切り開いてきたその手は、きっとこれからも理想の明日を作り出していくことでしょう。